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昨日の試合では、日本代表はあるテーマを持って試合に臨んでいたと思います。
低い位置から、遅攻でも崩す。最終ラインからきちんと組み立てていっても崩せるようにする。
そういう姿勢、意図が伺えました。何度も何度も、意図的にそれをやっていたと思います。
おかげで試合がノロくなって、眠くなりましたが(笑)
縦への突破系に頼ろうと思ってるようにはまったく見えません。迷っているようにも。
むしろ、今までやってきたこと、その方向性に自信を持ち、さらに果たすべき課題を見つけ、
まっすぐに前を向いて取り組んでいるように見えます。
(見たかったけど、広山も使ってくれないしね・・・まあ、競争原理もあるだろうし、順番もあるだろうし)
また、これまでの起用、インタヴュー、その発言、いずれを考えてもトルシエは、サイドに置く選手を
縦系、10番系、ボランチ系というようにわけて使っているとは思いません。
能力が攻撃に振れている選手、守備に振れている選手、バランスのある選手、という程度の分け方
しかしていないように思いますね。
今はホームでも相手がフランスなら服部だろうしパラグアイなら小野でも行けるだろうしサウジなら本山でもいい。
「トルシエ革命」では、それを本番までには、フランスやブラジル相手でも小野や本山で行けるようにしたい、
というような「宣言」を行っています。
それは2002年には「世界の5強」と互角に渡り合うことを目標にする、という宣言である、ということです。
「5強」相手に、互角に渡り合い、主導権を奪って自分達のサッカーをしたい、という。
手っ取り早い話、それは目標はあくまで優勝をも狙えるチームを作りたい、ということ。
やっていることを見れば、そのための階段をひとつずつのぼっているように思います。
「考えを変えた」のは、アジア杯のチームのまま、あのやり方のまま熟成して行くのではなく、
礎の部分から、もう一度強化して行こう、さらに煮詰めて行かなくては、ということにすぎないだろうし、
「トルシエ革命」を読む限りでは、ワールドカップでのサウジの戦績についての言及など、
それも折り込みずみ、予定の行動である、というようにもとれるし、
「考えを変えた、反省した」というのも世間やマスコミに対する恣意的発言というようにもとれる。
サンドニのフランス戦の時点で、スペイン戦のようなことをやったら非難の嵐だったでしょうし、
ちょうど良いタイミングでちょうど良い機会を得た、って感じにも思える。
ぼくの不満は、あとは、先に書いた3バックスのありかたについて。
ぼくは「役割分担」は当然なくてはならない、と思うけど、それは役割をわかりやすく固定すること
とはまったく違うと思うし、「流動性」というものは「楽しさ」「美しさ」のためにあるのではく、
現代サッカーのスピードにおける戦術的効率的必然であると思うし、それは「優しすぎる」ものでも
「洗練されすぎている」ものでもハイレベルなテクニシャンばかりで構成された中盤だけがやればいいというものでもない。
多少うまかろうが体が強かろうが、そんなこともできない脳みそのない選手はワールドクラスじゃない。
できなければ「5強」には勝てないもの、というふうに捉えます。
一途に基本通りのサイド攻撃をくり返すシドニーのアメリカのようなチームは、
トルシエの言うように「ひたむきで好感が持てる」が、あれではワールドチャンピオンははるかに遠い。
完成度の低かったシドニー五輪の日本代表から、「チーム」としての力を得たアジア杯を経て
サンドニでの経験を上積みし、さらなるもう一段上の難路を歩みはじめた日本代表。
まだまだ不満はあるものの、ここまではなかなか順調ではある、と思います。
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