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選手の個性と現代サッカー(Re:zukunasiさん、daiさん) glider 01/12/18(火) 3:54
  Re(1):選手の個性と現代サッカー Dai 01/12/18(火) 8:35
  Re(2):選手の個性と現代サッカー mitsu 01/12/18(火) 12:26
  Re(2):選手の個性と現代サッカー glider 01/12/20(木) 3:15
  Re(3):選手の個性と現代サッカー Dai 01/12/20(木) 4:49
   Re(4):選手の個性と現代サッカー glider 01/12/20(木) 18:06
   Re(5):選手の個性と現代サッカー Dai 01/12/20(木) 20:33
   Re(6):選手の個性と現代サッカー glider 01/12/21(金) 5:01
   Re(5):選手の個性と現代サッカー mitsu 01/12/21(金) 20:34
   Re(4):選手の個性と現代サッカー mitsu 01/12/21(金) 20:20
  遅れ馳せながら2 zukunasi_7 02/1/22(火) 16:57
  Re(2):選手の個性と現代サッカー GAITI 02/1/24(木) 3:56
   Re(3):選手の個性と現代サッカー zukunasi_7 02/1/25(金) 0:46
   Re(3):選手の個性と現代サッカー glider 02/1/25(金) 3:43
   Re(4):選手の個性と現代サッカー GAITI 02/1/26(土) 8:28
   Re(5):選手の個性と現代サッカー glider 02/1/26(土) 10:30
   どうもー Dai 02/1/26(土) 22:46
   お誘いどうもです GAITI 02/2/5(火) 21:48
   余談 GAITI 02/2/5(火) 21:52
   Re(1):余談 glider 02/2/5(火) 23:00
  遅れ馳せながら zukunasi_7 02/1/22(火) 16:20
   Re(1):遅れ馳せながら glider 02/1/23(水) 2:35
   余談 zukunasi_7 02/1/24(木) 14:19
   Re(1):余談 glider 02/1/25(金) 3:23
   Re(2):余談 LUCY 02/1/25(金) 11:40
   Re(3):余談 glider 02/1/26(土) 9:44
   Re(3):余談 zukunasi_7 02/1/29(火) 17:04
   Re(2):余談 zukunasi_7 02/1/29(火) 16:40

選手の個性と現代サッカー(Re:zukunasiさん、dai...
 glider E-MAIL  - 01/12/18(火) 3:54 -

引用なし
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   daiさんは、現代サッカーは画一化方向にある、と言いました。
zukunashiさんは、フォーメーション論の無意味さを理解しながらも、選手の個性は均一化されるものではないだろう、と言いました。

>監督がどのようなゲーム戦略の基に、どのような個性を持つ選手を、どのようにバランスさせポジショニングするかと言う事は、ゲームにおいて非常に大きな要素ではないかと思っています。

ということは真理でしょう。
では、daiさんが間違っているかと言えばそうではないでしょう。
なぜなら、求められる選手の能力が単一的なものではなくなっているのも(以前よりも戦術的にも必然として、という意味において)事実でしょうから。
ぼくが問いたいのは、高次元でバランスした総合力のある選手、というのは皆同じか、ということです。
言葉の上では同じ総合力のある選手でも、その能力の表れ方、各能力の使い方、個々のプレイの選択判断は同じなのか、ということです。
例えば、小野という選手がいます。
フェイエノールトで、中盤をまかされています。
同じく中盤にキャプテンのボスフェルトという選手がいて、彼が前へ出て行くことも多いためにバランスを考えて守備にも頑張っています。
あるいは、前へ出てフィニッシャーになることもよくやっています。
で、このまま小野がそうやって守備技術もフィニッシュも高い次元に至ったとしましょう。
例えば、稲本という選手がいます。
アーセナルで、中盤をやっています。
世界でも有数のプレイスピードを持つプレミアシップの中の強豪チームです。
そこで彼も、プレイのはやさと広さを身に付けてきています。
もうまん中でデンと構えてボールを奪い、上がって行くアウトサイドにパスを撒くだけの彼ではいられなくなったのです。
そうして稲本がそうやって自分が起点になるだけでなく「使われる側」としても攻撃能力も高めていったとしましょう。

で、小野と稲本は「似たような選手」になりますか?
「画一的な選手」に?
例えばアウトサイドで起用される時、小野には小野の、稲本には稲本の、アウトサイドとしての機能の仕方がある、とぼくは思います。
アウトサイドはこうでなくては、ボランチとはこうでなくちゃ、と「画一的」にポジションを捉えることをこそ止めねばならない、とぼくは思うのです。
そして、いかなるチーム構成の中でいかなる配置であっても個性を発揮できるだけの強さと頭脳を持って欲しいと思うのです。

もちろん、能力がどちらかと言えば守備に振れている、とか攻撃に振れている、ということはあって然るべきでしょう。
しかし、「守備だけ」「攻撃だけ」、もっと言えば「足が速くてドリブルがうまいだけ」とか「体が強くてヘディングが強いだけ」の低レベルの選手はもういらないのです。

デフォルトのフォーメーション。
組み合わせのバランスを戦略にのっとって考える時、主な役割分担としての「それ」は必要不可欠でしょう。
しかし、それは「形」ではない。
図面はあくまでもそれをわかりやすく明示するためだけのものであって、実戦的な意味はそのほとんどが失われています。現代では。
お二人とも、それをわかった上で、言葉の上で行き違っていると思います。
ぼくはただ、「実戦的な意味ほとんど失われているのだから、数がどうこうとか形がどうこうで有利だ不利だ言うのはバカバカしい」と言いたかっただけです。

「サッカー批評」を読みました。
木村和司のインタヴューや武智さんのコラムは楽しかったんですが、がっかりしたものもありました。
まだまだこの国のジャーナリズムはクライフの発言の真意すら読み取れないのだ、と脱力しました。(まあこの永井氏だけかもしれませんが)
ぼくはこの雑誌、けっこう好きなんですけどねえ・・・
「我々凡人とは次元が違う」などと言ってクライフの言う「技術」に真に含まれる意味を解さないようではクライフの言葉を引用する意味は損なわれている。
レベルが高くなればなるほど、「均一化」などと言うこととは離れて行くのです、本来的に。
ぼくはいつの時代にあってもファンタジスタは生まれ続けている、という武智さんの意見に賛同します。
「今はいろいろ見れるじゃない。これだけいろいろ見れると『自分だったらどうしようか』ってすごく頭の中で創造力を働かせられる。だから小学校3年生でもドキッとさせられる選手なんてたくさんいるよ。だからこれから楽しみだよね」という木村和司の言葉に首肯します。
世界のサッカー界がチームの「強さ」を合理的に求めて行けば行くほど、選手の巧さは確実で成功率の高いそれとなり、不確定な「何か」は失われて行くだろう、という永井氏の言葉は、ぼくには「チームの強さ」ということが何かをわかっていないとしか思えない。
人間がやる「サッカー」をナメているとしか思えない。
ナイキのCMが現代サッカーに対する皮肉、だなんて浅はかな意見にはとうてい賛成できないのです。

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   no 470
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date 01/12/18(火) 8:35
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subject Re(1):選手の個性と現代サッカー
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私は現代サッカーは画一的になってきていると発言しました。ではそれについて補足をしたいと思います。

一言でいえば、それは「文化」の問題です。

ヨーロッパではそれぞれの国に古い伝統があり、それぞれの国同士が(16世紀、17世紀の一部のインテリ層を除けば)あまり交流をもたなかったこともあり、独自の文化が継承されてきました。

ところが今日では、ひと、もの、かね、情報といったあらゆる分野においてヨーロッパが国際化を果たし、それによって生活や文化の「均質化」を引き起こしました。

それはサッカーでも同じです。

かつては、プレミアにはプレミアの、セリエにはセリエの、それとはっきりとわかるサッカーがありました。

しかし現在では、フランスの監督がイングランドのチームを率いたり、外国人枠の撤廃によって多国籍軍団ができたりすることで、大きなレベルアップを果たすと同時に、以前に比べればはっきりしたスタイルの差異がなくなり、どの国も以前に比べれば似たようなサッカーをするようになってきました。

さらに、テレビやインターネットの普及により、誰にでも何でも知ることができるようになり、他人の成功を真似することで、オリジナリティーを発揮する余地、一国の特徴、実力を成すべき特徴は徐々に失われようとしています。

選手育成のシステムにおいても国ごとの差異がなくなりつつあります。

サッカーの大衆化、ビックビジネス化、選手の青田刈りなどもそういった流れに拍車をかけているかもしれません。

これは何もヨーロッパに限ったことではありません。

かつては、南米スタイル、欧州スタイルなどといわれたものも、今やなくなりつつあります。アルゼンチン代表のサッカーは、まさに現代的ですし、ブラジルにしてもその度合いを強めています。逆に、南米の良いところを欧州でも取り入れてきています。

また、現代サッカーでは、コレクティブさや、ディシプリンが要求され、組織の一員としてオートマティックに動くことで、スピードサッカーに対応しなければならず、スペースや時間がない中で、いかに効率的なサッカーを目指すかという部分において、当然、各チームもそういった流れを無視できなくなっており、要求される能力や、やり方が、どんどんハイブリッドになってきています。


と、こういった状況から私は現代サッカーが画一的になりつつあると発言しました。


しかしです。私はこの状況を良いとは思っていません。

確かに現状はそういう方向へ向かっています。どこの国も同じようなサッカーをできるようになってきています。環境面の変化がそれを可能にしました。

しかし、文化的な相違はチームにとってプラスとなります。言葉では表せない「何か」こそが重要なものであり、それが個性であり、独自性です。

独自性は、選手の喜びの源であり、観客の何よりの楽しみであり、またチームの強さを決定づけるものです。

現代サッカーが均質化の方向へと向かおうとしているのは事実ですが、私は選手の個性をベースにしたサッカー、選手の個性の組み合わせのサッカー、そういった理想のサッカーを、こういう時代だからこそ進めていく必要があるんだと思っています。

そんな中で私は日本に可能性を見出しています。何故なら日本には若くて素晴らしいタレント達がいるからです。ボールテクニックや戦術的な能力があってサッカー選手としての才能があります。また、個人としてだけでなく、チームとして戦うことに喜びを感じていて、何よりもサッカーを楽しんでいます。1+1が、3にも4にもなるのが日本の若いタレント達の特徴です。しかも若いうちに欧州中心システムの中で育っていないですから均質化の波に飲まれることもなく、つまり、日本で個性をしっかりとつけてから、欧州や南米へいって経験を積むことで、必ず良い方向へと日本のサッカーを向かわせてくれると思うのです。そして、日本の文化というものが、世界のサッカーに個性を与えてくれると思うのです。


PS
私自身、グライダーさんや、zukunasiさんとのお話から、いろんなことを学び、サッカーの奥深さをどんどん感じ始めています。私が間違っていたなと思うこともたくさんありますし、逆に自信になった部分もあります。サッカーって楽しいですね。きっと、サッカーってのは、単なるゲームであり、社会生活の中における人と人とのコミュニケーションであり、自己のアイデンティティを表現するものであり、またある種の哲学なのでしょうね。だからこそ人の心をこう突き動かすのでしょう。グランドに立ちたい。サッカーがしたい。みんなと一緒に戦いたい。勝ちたい。そういう気持ちなんですよね。


「優れたプレーは雄弁に歌われる愛の唄なんかより遥かに強い影響力を持っていて、深い深い意識の底に居座り、ボクを動かす。」
(「左足から放たれた哲学 by 桜井和寿」より抜粋  2001年11月10日発売 名波浩著 「NANAMI」 幻冬舎 245ページより)


ではこれから、子供達にサッカーを教えてきます。

Re(2):選手の個性と現代サッカー
 glider E-MAIL  - 01/12/20(木) 3:15 -

引用なし
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   ▼Daiさん:

文化ですか。
話がちょっとそれたかな〜(笑)

>>レベルが高くなればなるほど、「均一化」などと言うこととは離れて行くのです、本来的に。

とぼくは書きました。
それは各国のサッカーの「文化」でも同じでしょう。
初めは、それぞれが独自に発展する。次に相互交流がどんどん盛んになる。
良いと思われる所を取り入れ、しばし前よりは似ている部分も出てくる。
やがてそれぞれに噛み砕かれて行く。

いかに選手達の国境がなくなって行こうと、その国のリーグにその国の観客が与える影響は大きい。
「同じもの」にはなりようがないと思います。
そして、いかなるスポーツでも人間がやっている以上は、本当に高いレベルのプレイというものは常に「個性的」です。
なぜなら、その人はその人の経験、信念、信条、理想、精神までも全て含めて「全存在」でプレイするからです。
「能力を発揮する」とはそういうことだからです。

ぼくもまた、ミツさん同様、現在でもセリエはセリエ、リーガはリーガ、プレミアはプレミアのサッカーであると思います。
「お国柄気質」はその国の歴史や文化や伝統や気候や自然環境が作るものであり、ちょっとやそっとで変わるものでもないからです。
例え同じものを目指したにしたって、どうしようもなく違うものに「なってしまう」ものだとぼくは思っています。
ある強いチームと同じようにやったからって本当に強くなるとは思えないのです。

もう一度、木村和司の言葉を。

「今はいろいろ見れるじゃない。これだけいろいろ見れると『自分だったらどうしようか』ってすごく頭の中で創造力を働かせられる。だから小学校3年生でもドキッとさせられる選手なんてたくさんいるよ。だからこれから楽しみだよね」

Re(3):選手の個性と現代サッカー
 Dai E-MAILWEB  - 01/12/20(木) 4:49 -

引用なし
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   >かつては、プレミアにはプレミアの、セリエにはセリエの、それとはっきりとわかるサッカーがありました。

かつては、イングランドにはイングランドの、イタリアにはイタリアの、それとはっきりとわかるサッカーがありましたに変更します(汗)

まずは、均質化の話です。

以前よりはなんですが、各国毎の特徴的な差異がなくなりつつあるようなのです。と同時に、各国のサッカー自体はレベルアップしていますし、それでいて各国毎のレベル格差もなくなりつつあるようなのです。

昔はもっと、各国毎の特徴的ならしさや個性があって、それが魅力的な部分は大きかったかと思います。

ユーゴスラビア、オランダ、フランス、イタリア、ドイツ、イングランドなど、みんな相当に特徴的でしたよね。ユーゴのテクニカルでクールなサッカー、オランダのトータルフットボール、フランスのシャンパンサッカー、イタリアのカテナチオ&カウンター、ドイツの強いサッカー&ゲルマン魂、イングランドのキック&ラッシュなど。決して今よりレベルは高くなかったかもしれませんが、とにかく個性に溢れていましたよね。

ところが今ではそういった一国の特徴、実力をなすべき特徴が失われつつあるようです。これさえあればってものがなくなってきました。

オリジナリティーを発揮する余地はなくなってきているんですよね。そういったものは情報化時代のこの世の中ではみんなすぐに真似してしまいますし、逆にそれだけでは通用しなくなってきていますからね。

歴史的推移からみれば、均質化はやはり進んできているといえるのではないでしょうか。化ということで考えれば。質が徐々に均等になってきてますよね。競争に勝つために、なりふり構わず、良いところは取り入れ、悪いところは修正することで、高いレベルを目指すようになってきて。何かグローバリズムが加速していきている世界情勢と似ているのですが、これは止むをやないのかもしれません。(これは別の話なのですが、リーグやクラブ毎の貧富の差が拡大している問題が、南北問題と被ったりして、なんだか現実の世界とサッカーの世界がものすごくリンクしているのだなと感じずにはいられません。)

それでも、例えばリーグレベルでみれば、やはりセリエにはセリエの、プレミアにはプレミアの「伝統」というものは存在していて、例えばスタジアムやサポーター達の雰囲気的な特徴であったり、やはりプレー面での特徴であったり、そういった部分で決して均質ではないし、独自性というのはちゃんとありますよね。

特徴は徐々に失われつつありますが、それでもやっぱり個性はなくならないだろうと思っています。人間のやるスポーツなんですから。

別に機械的になってきているとか、みんながみんな同じことをしているとかそういうことを言いたいわけではないのです。ただ、レベルが一致してきたなと。ハイブリッドな状態ですね。とにかくいろんなことが要求されますし、それを全部できないといけないわけですし。それができた上での個性ですからね。全体としての流れの話です。

ドーハの時の日本代表は「個性的」なんて言われて、今の日本代表はそうではないとか言われたりしますけど、ある意味それと同じ部分があるかもしれませんね。間違った指摘ですよね。今後が楽しみです。本来的には、レベルが高くなればなるほど、「画一化」「均一化」などということとは離れていくのですから。

プレミアとセリエじゃ大いに違いますよね。私にだってそのぐらいはわかります。なおさら、あの表現はよくなかったです。反省です。

でも均質化の話も書きたかったわけなんです。それは事実なわけですし。

それに「同じものになる」なんて一言も書いてはいないです。違いはあることはわかっているし、今後もその違いはあり続けるということは書きましたし、文化の問題にしたって、人間のやるスポーツなんだし、人間界の環境の話なんですから、そういうものがサッカーに反映されるのは当たり前なわけですし。ですから、話はそれてはいません。個性ってのはそういう多面的なものなんですから、均質化という現象上の側面だけをとらえて、私の意見が全てを否定しているような書き方にはなっていないはずです。

昔は本当に高いレベルじゃなくても、個性的に見えたと思うんですよね。今はそういうのが見えにくくなってきているのかもあなあって。個性を出すのが大変になってきているんだろうなあって。でもやっぱり、同じ質の選手がいても、当然「何かが」違いますよね。その「何か」は人間的な部分ですね。全存在。能力を発揮するということ。人間としての文化といいますか。育ってきた環境とか、考え方とか、もろもろ。そういうのがでるんですよね。って考えると、やっぱり、フランス人選手が多いチームは、どうしてもそのフランス的な文化も入っていくのではないかなと。いや全くフランスになるわけではなくて、イングランド的なはっきりとした特徴が薄まるということです。そして、そういう文化的な相違がチームに活力を与えるんだなと。イングランドが、イングランドにこだわり続けたら絶対にそれ以上はないと思うのです。昔はそういうところありませんでした?均質化の話を避けるならば、それ以上のレベルアップはないと思います。

それは受け入れながら、それでも個性は絶対になくなりません。人間というのは、経験、信念、信条、理想、精神までも全て含めて「全存在」でプレイするのですから、同じ質の選手が10人いたって、10人とも別の顔をしていて、それぞれがそれぞれに輝いているわけですから。まったく同じプレーをしたとしても、それをやっているのは唯一の存在としての個人なのですから。

でもその個性も昔は、みんなポイントが違って、みんな独特で、みんな明らかに違う顔してて、良いところも悪いところも違って、価値観もまったく違って、本当にバラエティーに富んでいて、特徴的だったなあという話です。A君とB君ではもうほんと全然違ったのです。いかにも。でも今は一見同じようにみえるところもあったりするということです。だいぶ多様性を増したはずです。

>初めは、それぞれが独自に発展する。次に相互交流がどんどん盛んになる。
良いと思われる所を取り入れ、しばし前よりは似ている部分も出てくる。

これはまさに均質化ということだと思います。昔は本当にそれぞれの独自性が特徴として色濃くでていたんだと。それがだんだんなくなりつつあるなと。この流れはもっともっと加速するのではないでしょうか?欧州統合なんていう事態になっているのですから。そして、やがて、噛み砕かれていくのでしょう。ですから同じにはなりようがない。それは過程にしかすぎない。程度の問題ということです。

まさか欧州で均質化の流れが起こるなんて思いもよらなかったでしょうから。イングランドが、外国人監督を受け入れるなんて事態はちょっと前までは想像しにくかったはずです。

それとも、均質化してきてはいないのでしょうか?均質化してきていないのならば、私が完璧に間違っていたということで決着をつけられるのですが・・・。

ちなみに、これはあんまり重要な問題ではないと思います(笑)掲示板だと思いを伝えるのにどうしても時間がかかりすぎてしまうのがちょっとしんどいっす。


ここからは言葉の話です。

画一と均質って同じ言葉かなと思っていましたが、微妙に違うみたいですね。

きんしつ 【均質】 
ある物質のどの部分をとってもむらがなく、性質・状態が同じである・こと(さま)。等質。「―な溶液」「―な材料」 

かくいつ 【画一】 
個々の性質や事情は重視せず、全体を一様にそろえること。「―化する」「天下の議論を―ならしめんと欲する勿れ/文明論之概略(諭吉)」 

きんいつ 【均一】 
どれもすべて一様な・こと(さま)。「品質を―にする」「千円―」 


これからは、「画一化してきている」「均一化してきている」という表現はやめて、「均質化してきている」という表現に統一することにします。

これが適切な表現かどうかはわかりませんが、現代サッカーは「ある物質のどの部分をとってもむらがなく」なってきてますよね。それが永井氏や杉山氏のような人によっては「個々の物質や事情を重視せず全体を一様にそろえること、どれも全て一様なこと」のように見えてしまうのかもしれません。


3つめはみつさんへの私信です(笑)

プレミアリーグ熱いですね。どの試合もスピーディーで迫力があって面白いですよね。今一番良い印象です。

セリエでは、キエーボが熱いっす。守備はラインで組織的に守り、攻撃時は運動量が多くて速い。全体的にシンプルで美しい。確か、スカパーでは見れますよね?キエーボは、お薦めです。他にも、復活したロナウド・ビエリの2トップなインテルがクーペル(前ヴァレンシア監督)のサッカーでどうなるのか楽しみです。今注目のこの2チームが戦ったこないだのキエーボ対インテル戦はかなり面白かったはずです(笑)でもセリエA全体的にはちょっと面白みに欠ける印象ですね。ヒデのパルマに頑張って欲しいです(笑)

リーガでは、レアルマドリー完全復調ですね。ジダンが馴染んだ(笑)フィーゴ最高。ラウル好き(柳沢にプレースタイルが似ている)。ロベカル反則。エルゲラ上手い。マケレレ効いてる。モリエンテス奮起。わいんさんが好きなマッカは出番が減っている・・・。カランカ壁(パボンにレギュラーとられたみたい)。デルボスケ・ナイスオーガナイズ。
あとはラコルーニャ、ベティス、セルタ、アラベスあたりもよいみたいですね。

エールディビジでは、フェイエですけど、伸二がデフォルトポジション・センターハーフの位置でいよいよ活躍しだしましたね。あの、単独ドリブル突破から、ゴール前1対1の局面で、左に踏み込んで(いったん左に体重移動)左にいく振りをしてから、右に体重移動しながら右のアウトサイドでボールを右サイドにだして、そのままの勢いでワンステップで素早くシュートにいくという、一連の動作(フェイントなど)から、ゴールを決めたシーンは圧巻でしたね。最近あれを練習しています(笑)


最後に個人的な思いを2つ。

そろそろ新しい「思想家」がでてきて欲しいですね。かつての、クライフや、サッキのような。ここのところいませんよね。最近では、組み合わせの問題(選手の配置や、戦術の選択等)などは頻繁に議論されますが、目新しい戦術的な議論というのはこれといってないですよね。もうそういう時代ではないのでしょうか?劇的なイノベーションは起こらないのでしょうか?戦術的にはいきつくところまでいきついてしまったのでしょうか?オリジナリティーのある戦術はもうでてこないのでしょうか?そういう意味ではトルシエは面白いのかなと。

それでも、サッカーは楽しいですけどね。そんなものは幼稚園生にだってわかることです。

では。

Re(4):選手の個性と現代サッカー
 glider E-MAIL  - 01/12/20(木) 18:06 -

引用なし
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   ▼Daiさん:

えーっと、ちょっとよくわからない状態なんだけど、とりあえず「画一」「均一」ではなく「質が等しくなってきた」と言いたかったんだね?
「レベル格差」がなくなって行く方向だろう、と。
それでも「各国ごとの特徴は失われてきた」とも。

ヨーロッパと南米、アフリカ、アジア、そういった大陸間のレベル格差、という大きな面では昔に比べたらそれは少なくなっているでしょう。
各国間にしても、もしかしたらそうかもしれません。
でも、70年代からサッカー見てるものの実感として、別に昔に比べて各国ごとの特徴が失われつつある、ともそれほど思えないんだよね。
昔ほどはっきりとはしていなくなったかもしれない。
クォリティが上がって行く過程で、表面的には差が少なくなっているような感じはある。
でもなくなってきているわけじゃない。これからどんどん「画一化」されるってわけじゃない。
クォリティの差はなくなって行く方向だとしても。
そのことは、問題に感じたことはありません。あまり考えたこともありません。

「話が少しそれたかな」っていうのは、そのこと。
ぼくのこのスレッドの頭の発言は、下の「プレスとポジションチェンジの歴史的変移」ツリーの中のDaiちゃんの「Re(14)」とzukunasiさんの「Re(15)」に続くものです。
ということをはっきり言わないでツリー変えたのがいけなかったかな。
「長過ぎる」という意見が多かったんで変えたんだけど、一度切るような感じになっちゃうのがどうもイマイチだね、ツリー換えって。
でも、換え方に気をつければ大丈夫なのかなあ。
なんだか難しい。

というわけで、ぼくは「ポジション」や「フォーメーション」のあり方の変容の中で、選手の均一化を求められるようなことになってしまうのではないか、と言われていることに異議を唱えたのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ちなみに、「均質」っていうのは、ぼくはこの話の中だと「質(クオリティ)が均しいこと」と捉えるけど、言葉の本来の意味では「性質・状態が同じである」っていう意味も当然あるんですよね。
「性質」までもが「同じ」ってことになると、なんだかよくわからなくなってくるけど・・・
まあ、混乱するから少なくともここでは「クォリティが均しい」って意味にしときましょう。
うーん、体育と国語だけはいつも成績良かったんだけどなあ(笑)

Re(5):選手の個性と現代サッカー
 Dai E-MAILWEB  - 01/12/20(木) 20:33 -

引用なし
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   いや、もう私が悪かったです(笑)わざわざ混乱させる必要はありませんでしたよね。誤解もしていました。本題からずいぶんずれてしまっていますし、いや、ほんとすいません。

ちなみに、なんでそんなにこの部分にこだわったかというと、ベンゲルがそういう旨の発言をしていたからなんです。残念なことにかつてのようなプレーの面でのはっきりとした各国毎の特徴が失われつつあると。欧州ではどこの国のサッカーも同じようになりつつあると。その原因は欧州の中での国際化による均質化という現象にあるのだと。

均質化という話は、つまり「ヨーロッパの国々にはそれぞれに古い伝統があり、先祖代々伝えられてきた独自の文化というものがあり、そういったものが他国の文化が入ってくることで文化の多様化を引き起こし、またその国の文化が他国に流失してしまうことで独自性は失われてしまう」ということです。そしてサッカーについてもそれは同じだと。

プレミアに関してはまだ独自性を保っているということでした。観客・サポーターが「イングランド流の伝統」を守っていることがその要因としてあげられるようです。

彼の言っていることを私はどうしても無視できないんですよね(笑)グラさんにとってのクライフのような存在なんです。ですからそれについての反論がくるとすぐにムキになってしまうのです。今回はかなり勘違いもしていましたし。いけませんね(汗)

そして私も別に均質化という問題はあまり気にしていませんし、他の部分ももうグラさんのおっしゃるとおりだと思います。今後の行く末に関しての結論の部分に関しても同感です。

>「ポジション」や「フォーメーション」のあり方の変容の中で、選手の均一化を求められるようなことになってしまうのではないか、と言われていることに異議を唱えたのです。

本題はここだったのですね。そしてこの部分でも、グラさんに全てフォローしていただけました。高い総合的な能力が要求されるのは確かですが、それが選手の均一化にはつながりませんし、個性というのは決して消えないと私も思います。高次元な統合力のある個性的な選手こそ今求められていると思います。逆に1つでも欠けていると現代では厳しくなるのでしょうね。

ps
そういえば、グラさんのことを、ある方が「まるで、クライフのようだ」というニュアンスで表現されていました。まさに、ネット界のクライフですね。


ふぅ、すっきりしました(笑)3時間睡眠万歳。

Re(6):選手の個性と現代サッカー
 glider E-MAIL  - 01/12/21(金) 5:01 -

引用なし
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   ▼Daiさん:

>「ヨーロッパの国々にはそれぞれに古い伝統があり、先祖代々伝えられてきた独自の文化というものがあり、そういったものが他国の文化が入ってくることで文化の多様化を引き起こし、またその国の文化が他国に流失してしまうことで独自性は失われてしまう」

この話、なんだかぼくは「自動車」のことを考えてしまいます(笑)
昔の英国車とかイタリア車とか、ほんとうに個性的です。
英国車はどこまでも「よく曲がる」ことを基本にしていて、イタリア車はどこまでも「気持ちよく回る(エンジンが)」ことを基本にしていて・・・
で、イギリス車で言えば、よく曲がるための基本設計やシャシデザインにはそりゃあとことん徹底的にこだわるけど、電気系なんかの精度や作りなんかは、どうでもいいと思ってるんじゃねーのか、ってくらいいーかげん。
イタリア車で言えば、雨なんかふらねえって思ってねーか、ってくらいサビとか気にしてないし、どっちもボディの細かいチリなんか、素人の手作りかよ(笑)って思うくらいに不正確。
そういう総体が「らしさ」となって表れています。
でもそれって、いつまでも続くことでもないですよね。
やっぱり国際化して行く中でメーカーとして生き残ろうと思えば、部品の精度もちゃんとしなきゃならないだろうし、安全にも気を使わなきゃならないし、全体の品質を上げて行かなきゃならない。
でも、その奥底にある「スピリット」のような部分は確実に受け継がれて行くもの。
それがないメーカーは、長いスパンで考えるとやはり淘汰されてしまう。
それがあるメーカーは、例え一度は潰れたって復活しようとする者が必ず現れる。
そういうものです。
だから、ぼくは今のサッカーが昔に比べてお国柄が薄れたっていうのはある意味で正しいけれど一面的な見方だと思う。
昔には昔の、今には今のあらわれ方があるってだけじゃないのかな。


>ネット界のクライフですね。

勘弁して下さい(笑)

Re(4):選手の個性と現代サッカー
 mitsu  - 01/12/21(金) 20:20 -

引用なし
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   会社で1人残業中で現実逃避・・・。

>3つめはみつさんへの私信です(笑)
>
>プレミアリーグ熱いですね。どの試合もスピーディーで迫力があって面白いですよね。今一番良い印象です。

ほんとスカパーで観ててもプレミアはハズレの試合少ない(笑)。
なぜそこまで・・・と思わせるダイレクトパスの連続がたまらなく俺好みです。

>セリエでは、キエーボが熱いっす。守備はラインで組織的に守り、攻撃時は運動量が多くて速い。全体的にシンプルで美しい。確か、スカパーでは見れますよね?キエーボは、お薦めです。他にも、復活したロナウド・ビエリの2トップなインテルがクーペル(前ヴァレンシア監督)のサッカーでどうなるのか楽しみです。今注目のこの2チームが戦ったこないだのキエーボ対インテル戦はかなり面白かったはずです(笑)でもセリエA全体的にはちょっと面白みに欠ける印象ですね。ヒデのパルマに頑張って欲しいです(笑)

キエーボ観てますよ、こないだのインテル戦見逃したけど(笑
まさに気合のラインディフェンスですな。
今期の俺の予想ではルイ・コスタがどこぞの至宝と兄を従えるミランが
ファンタスティックになるはずだったんだけどなぁ・・・。


>リーガでは、レアルマドリー完全復調ですね。ジダンが馴染んだ(笑)フィーゴ最高。ラウル好き(柳沢にプレースタイルが似ている)。ロベカル反則。エルゲラ上手い。マケレレ効いてる。モリエンテス奮起。わいんさんが好きなマッカは出番が減っている・・・。カランカ壁(パボンにレギュラーとられたみたい)。デルボスケ・ナイスオーガナイズ。
>あとはラコルーニャ、ベティス、セルタ、アラベスあたりもよいみたいですね。

リーガもできるだけ見てまっせ。
レアルはやっぱ反則だったってことですな(笑)
セルタのモストボイが気になる今日この頃です。
なんせロシアと同組だしね。

>エールディビジでは、フェイエですけど、伸二がデフォルトポジション・センターハーフの位置でいよいよ活躍しだしましたね。あの、単独ドリブル突破から、ゴール前1対1の局面で、左に踏み込んで(いったん左に体重移動)左にいく振りをしてから、右に体重移動しながら右のアウトサイドでボールを右サイドにだして、そのままの勢いでワンステップで素早くシュートにいくという、一連の動作(フェイントなど)から、ゴールを決めたシーンは圧巻でしたね。最近あれを練習しています(笑)

フェイエ戦しか見てませんがぶっちゃけつまらん(笑)
小野がいなかったらまず見ない。
小野のシュートは凄かったですなぁ、右に出してからシュートまでが激速!
後でさばくのもいいんだけど(名波もけががちだしね・・・(涙))
やっぱ前でゴールに絡む小野が好みです(笑)

Re(5):選手の個性と現代サッカー
 mitsu  - 01/12/21(金) 20:34 -

引用なし
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   物事において本質の抽出、改善、実際へのフィードバックというものは
当然くりかえされ、その作業に時間がかけられればその効果はまぁ普通
上がっていくのじゃないかと思う。

とすれば多分に最低限共有せざる得ない部分は増えていくのかもしれない。
それと反比例して個性が、ということもあるかもしれませんね。

でもそこはサッカー(笑)
上記、本質の抽出で同じものを導き出しても、改善方法はそれぞれになってくる。

それにサッカースタイルにおいてただ1つのBEST(あたりめーか・・・)は
今のところないし今後もないだろうと思っています。

相手より1点多くとれば勝てるんだというのもあれば、相手の失点より自分たちの失点が
1点少なければいいってのもいるかもだし、1点も取られなけりゃ負けないってやつもいる(笑)

遅れ馳せながら
 zukunasi_7  - 02/1/22(火) 16:20 -

引用なし
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   ▼gliderさん、daiさん:

ご無沙汰してしまいました。
昨年末、急に年明け早々の期限で仕事が入ってしまい。昨日やっと納めた所です。
おかげで、年末年始のお休みもほとんど取れず、気になりながらもサッカーの事はしばらく棚に上げておりました。今は仕事の選好みを言っておられず、来る物は拒まず、去る物は必死で追いかける状況です。願わくは、WCの時、急ぎ仕事が入らない事を。

と言う事で、ご指名のご意見に返事が遅れ大変失礼しました。
大分時が経ち、今更では有りますが感じた事を。

gliderさん

>ぼくが問いたいのは、高次元でバランスした総合力のある選手、というのは皆同じか、ということです。
>言葉の上では同じ総合力のある選手でも、その能力の表れ方、各能力の使い方、個々のプレイの選択判断は同じなのか、ということです。
>アウトサイドはこうでなくては、ボランチとはこうでなくちゃ、と「画一的」にポジションを捉えることをこそ止めねばならない、とぼくは思うのです。
>そして、いかなるチーム構成の中でいかなる配置であっても個性を発揮できるだけの強さと頭脳を持って欲しいと思うのです。

おっしゃられている事に、ほとんどと言うか全く異存が有りません。
私が常々思っている事を、旨くまとめていただいたようにすら感じます。

ちょっとズレるかもしれませんが、CMがらみで。

最近の中田のCMを見ると、背筋に少しアワが立ちます。
「自分は、自分らしく」・・・・・・
言っている事は全く正しいとは思うのですが、中田位の年齢の人からその言葉を聞くと、ちょっと退きます。
もちろんサッカー選手としての中田は、既に円熟の時を間近に控え、当然自分の個性を前面に押出して、自己主張をしていかねばならない。それは理解した上で。

私の棲む世界では30前などヒヨッコです。その人の個性など全く無視、こちらの要求を100%押付けます。多少極端な言方ですが、それで良いと思っています。
本当に強い個性はその中からも滲み出てきます。いや、そうした中から磨かれて出てくる個性こそが本物です。こちらも無視できない存在感を主張してきます。そしてそれは、年齢などに関係なく、認めざるを得ないのです。
そうした物でなければプロとして役に立ちません。簡単に押しつぶされる個性など、押しつぶしてしまったほうがその人の為です。

別の話、

>プロスト的アプローチの森岡、マンセル的アプローチの松田、とでも言ったら良いでしょうか(わからない?)。

解りますよ。
すると、宮本はセナ?・・・・いや中島ですな。

遅れ馳せながら2
 zukunasi_7  - 02/1/22(火) 16:57 -

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   ▼Daiさん:

大変遅まきのレスで失礼します。

文化的側面からの御考察、興味深く拝見しました。
おっしゃられるような事、実際に起っているのではないかと私も思います。

しかし、
明治維新後の日本、戦後の日本、西欧化・アメリカナイズ。
ものすごく影響は大きいですが、それでも日本は日本。日本人は日本人。
そんなことを感じました。

以前Daiさんがおっしゃられた事で気になる事(というか要望がひとつ)。

>私は監督の仕事は戦術的なものよりも、よりマネージメントの側面が重要であると思っています。

gliderさんへのレスと関連が有るのですが、若年層の指導者としてのDaiさんにお願い。
マネージメントの側面の重要性を否定する訳では有りませんし、Daiさんがどのような指導をされているのか知らない私が、勝手な事を言うのも気が引けるのですが。

「子供たちの個性を伸ばす」などと言う言葉に、影響されて欲しくないのです。
子供たちには、基礎の基礎を徹底的に叩き込んで欲しい。
強い個性は、伸ばさなくても勝手に伸びます。守ってあげなければならない個性は弱いのです。これはどんな世界でも同じではないかな。
趣味としてサッカーを楽しむ分には、ゼンゼン構わないのですが。
将来プロになりたいと思っているような子には、基礎を徹底的に、そして可能性を広くするような方向で指導をして欲しいと思います。
そういう意味で、ちょっと見の適性や、本人の希望などに惑わされず、ポジションなども幅広く経験させるような事も必要ではないかと思います。

素人の勝手な戯言、失礼しました。

Re(1):遅れ馳せながら
 glider E-MAIL  - 02/1/23(水) 2:35 -

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   ▼zukunasi_7さん:

あけましておめでとうございます。
とりあえず仕事をしなければメシが食えませんから、どんなにサッカーが生活の中でウェイトを占めているにせよ、仕方がないですね。
ただ、個人的には年々正月の気分が薄れて行くのが寂しい限りです。
「元旦から営業!」などと宣伝されると、何かハラがたってしまいます。
「たのむから三が日くらいはどこの店も休みの正月風情を味あわせてくれ」なんて思ってしまいます。
不況のおり、それもいたしかたないことなのでしょうが。
まあ業種にもよりますしね。

>私の棲む世界では30前などヒヨッコです。その人の個性など全く無視、こちらの要求を100%押付けます。多少極端な言方ですが、それで良いと思っています。
>本当に強い個性はその中からも滲み出てきます。いや、そうした中から磨かれて出てくる個性こそが本物です。こちらも無視できない存在感を主張してきます。そしてそれは、年齢などに関係なく、認めざるを得ないのです。
>そうした物でなければプロとして役に立ちません。簡単に押しつぶされる個性など、押しつぶしてしまったほうがその人の為です。

身につまされる話です。
企業側の思惑、イメージ、巨大な費用を無駄にできない事情、組織の仕組みとしがらみ、そんなものを踏まえて行くにしたがって、「俺はこうなんだよ」とは言いづらくなって行きます。
どうやってどこまで我を主張するのかが難しい所ですね、プロは。
しかし、そうした「リスクを負わないシステム」が面白いものを出にくくしているのも事実。
むろんそうでない所もありますが、この国は大部分で「安全なもの=リスクの少ないもの」を無意識的にも求めて行くシステムが強固に確立されていると感じます。
強い個性も出られるまでに時間が掛かり過ぎる、というのが表現のすみっこで仕事をするぼくの実感です。
ソリッドなものもその過程でソフィスティケートされ、個性は残るものの、「食べやすいもの」になって行く。
そして本当に危険な(故に意味のある)批評的個性は、ありのままの姿ではオーバーグラウンドには絶対に出てきません。絶対に。
ぼくは今の貨幣経済システムに限界を感じます。
そしてそれを打破するのは、まさにこのインターネットではないでしょうか。
ものを作る人、それを欲する人、欲する人も作る人、作る人も欲する人、すべての人間がそうあるべきだと思います。
流通の過程で中間搾取する組織、才能を「発掘」(なんて傲慢な!)し、「金」をかけ、それを世に出し「商売」する、そういったシステムはもう限界がきていると思います。
問屋、農協、レコード会社、出版社、代理店、そんなものもういらない。
人の作ったもの、人が汗を流して得たものを横流しして大金を得る、どこかおかしいと思いませんか?

話が大分それてしまいました。
ここはぼくの理想的社会論の発表の場じゃなくてサッカーの掲示板でしたね。
すみません(汗)


>すると、宮本はセナ?・・・・いや中島ですな。

宮本はまだテスト走行中ですね。
クレバーな新人ではあるが、まだ「車に乗せてもらってる段階」ではないでしょうか。

Re(2):選手の個性と現代サッカー
 GAITI  - 02/1/24(木) 3:56 -

引用なし
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   ▼Daiさん:

Daiさん、gliderさん、そして皆さんお久しぶりです。
そして、あけましておめでとうございます。

ご無沙汰していたのは
なにか自分が嫌がられているのではと感じ
ちょっと来づらくなっていたからなんです。
(フォーメーションの話などしつこくしすぎましたし)
(イタリア戦評の波戸と戸田について今見るとちょっとひどいこと書いてしまったな、ただ、個人的に彼らが嫌いと言うことはゼンゼンありませんよ・念のため)
などなどが理由かとも思いながら
ちょっと勇気をもってまた来てみました。


それで「個性」について1つだけ
ズクナシさんと同じ意見なのですが
私は「ゆとり教育」や「個性を伸ばす教育」と言う言葉が好きではありません
そのような言葉が声高らかにいわれるようになってから
どう見てもそれがうまくいっているように思えないからです。

もっときつくいえば私は
「個性は殺すくらいの気持ちでちょうど、本当に強い個性は、むしろそのような状況の方が生まれやすい」
とすら思っています、ちょっと極論ですが(笑)
ある程度制限された状況の方がむしろ新しいものが生まれやすい(例えばリミテッドアニメーション)と言う考え方に近いかも。

で、結局何がいいたいかと言えば
Daiさんのようなサッカーをよく知っている指導者は敢えて「個性を伸ばそう」と言うことは意識しすぎることはないのではと言うことです。
それよりも将来的なことを考えて基本をみっちり教えた方が子供のためですもんね。
(昔の部活サッカー体質の指導者は逆にもうちょっと意識するべきですが・笑)

余談
 zukunasi_7  - 02/1/24(木) 14:19 -

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   ▼gliderさん:

>あけましておめでとうございます。

そうですね、ご挨拶が遅れました。明けましておめでとうございます。

>企業側の思惑、イメージ、巨大な費用を無駄にできない事情、組織の仕組みとしがらみ、そんなものを踏まえて行くにしたがって、「俺はこうなんだよ」とは言いづらくなって行きます。
>どうやってどこまで我を主張するのかが難しい所ですね、プロは。

私の仕事は制約だらけ、コスト・法律・機能・時間etc・・・
ある意味で制約が有るから存在が有るような物です。
結局、その中で何が出来るか、何を出せるかなんだろうと思っています。
「俺の金だ、俺の言うとうりにやれ」なんてのもしょっちゅう。
「じゃあ何で俺を使うんだ?あんたは何を買ったんだ?」って言う部分かな。
そして、説得力。
宥め・すかし・煽て・怒り・泣き、論理的に・感情的に、高圧的に・卑屈に、ありとあらゆる手を使って。
役に立つのはステータス、これが有ったらものすごく楽、認めるのは悔しいけれど。
でも、そのステータスも自分で作るんですよね。それがなかなかに・・・
そういう意味でのトルシエって、結構すごい(無理にサッカーネタ)

>強い個性も出られるまでに時間が掛かり過ぎる、というのが表現のすみっこで仕事をするぼくの実感です。
>ソリッドなものもその過程でソフィスティケートされ、個性は残るものの、「食べやすいもの」になって行く。
>そして本当に危険な(故に意味のある)批評的個性は、ありのままの姿ではオーバーグラウンドには絶対に出てきません。絶対に。

おっしゃる事、非常に良く理解できます。
でも「意味の有る批評的個性」なんて、誰も望んでいないんですよ、常態では。
それが、社会や、あるいはその表現現場そのものが行き詰った時、その負のエネルギーを集約して出てくるもののように思います。ある必然を伴って。
だから、普通はある程度食べやすくないと売れない。
後は自身のスタンスだと思う。動機の強さかな?
中田or小野or中村?

>ぼくは今の貨幣経済システムに限界を感じます。
>人の作ったもの、人が汗を流して得たものを横流しして大金を得る、どこかおかしいと思いませんか?

これもすごく良く解ります。
しかしながら、これにも「でも」が付いてしまう。
それに乗るも、乗らぬも、やはり自分のスタンスの問題だと思っています。
正直な所、乗りたくても乗れてないんですが、私の場合(自嘲気味にハハハ)
現実には、私の仕事など貨幣経済社会でなければ需要が激減すると思うし。

>そしてそれを打破するのは、まさにこのインターネットではないでしょうか。
>ものを作る人、それを欲する人、欲する人も作る人、作る人も欲する人、すべての人間がそうあるべきだと思います。

この部分、すごく同感。期待もしてます。
何かが変りつつあるようにも思うし(希望的観測)

>話が大分それてしまいました。
>ここはぼくの理想的社会論の発表の場じゃなくてサッカーの掲示板でしたね。
>すみません(汗)

私こそ、変な方向に話を振って失礼しました。でも、たまには・・・・

Re(3):選手の個性と現代サッカー
 zukunasi_7  - 02/1/25(金) 0:46 -

引用なし
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   ▼GAITIさん:

お帰りなさい。ズクナシです。(私も御無沙汰していたのですが)

賛同者がいて嬉しいです。

>ご無沙汰していたのは
>なにか自分が嫌がられているのではと感じ
>ちょっと来づらくなっていたからなんです。
>ちょっと勇気をもってまた来てみました。

ここだけの話:

グライダーさんは、やはり少し怖いですよね。
私には今の所、非常に優しく接していただいていますが、馬鹿な事を言って、いつ叱られるかと、こわごわ書込んでます。
でも、ガーっとはおっしゃっても、後をひくような事はなさそうなので、そのときは頭を掻いて叱られて、またシカとしてお邪魔すればいいやと思ってます。
つまらぬ質問にもちゃんと答えていただける、私にとってはありがたい方ですので。

ホントにナイショですよ、ではまたいずれ。

Re(1):余談
 glider E-MAIL  - 02/1/25(金) 3:23 -

引用なし
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   ▼zukunasi_7さん:

>でも「意味の有る批評的個性」なんて、誰も望んでいないんですよ、常態では。

それこそが日本。経済一流、文化三流と言われて久しい所以でしょう。
ムキダシの危険な個性にこそ、文化的普遍性がある。
本当にどこまでもそれを望まないと言うのであれば、文化を捨て去り安楽的金拝主義に身をやつす、ということです。
「食べやすいもの」を否定する気は毛頭ありません。
それも研ぎすまし高めて行く過程には「真実」の力を内包して行く。
しかし、いかなる表現もその本質は「死のヒモ」です。
そこに「命あるもの」として「魂」が動くのです。
それを完全に忘れた表現活動は腐臭がするのみ。
思想なきものは単なるガラクタ。
ガラクタの量産は人を消耗させるのみ。
ぼくはそう思います。


>これもすごく良く解ります。
>しかしながら、これにも「でも」が付いてしまう。
>それに乗るも、乗らぬも、やはり自分のスタンスの問題だと思っています。
>正直な所、乗りたくても乗れてないんですが、私の場合(自嘲気味にハハハ)
>現実には、私の仕事など貨幣経済社会でなければ需要が激減すると思うし。

ぼくもいまいち乗れてません(笑)
チャチな創造力を技術に換えてくるんで切り売りし、日々の食い扶持に変換するのみです。
しかし、まあ楽しんでます。そして時に腹を立てたりしてます。
でも、本当にもうそろそろ大きな変革期にさしかかっているのではないだろうか。
ニューエイジ・サイエンスはいまいち信用できないけれど、大変革か滅亡かの岐路が迫って来ているような感じもしないではない。
「人間」のあり方、「幸福」とは何か、何を為すべきなのか、為さぬべきなのか。
少なくとも「貨幣」との間には主客転倒現象が起きている気がしてなりません。
最低でも「金利という概念の廃止」はすぐに行うことができると思う。
「地域通貨」も「デーマーク」も「人類の進化」なしには普及し得ないと思いますが・・・

#デーマーク:
http://www3.plala.or.jp/mig/will-jp.html#halle
参照


>でも、たまには・・・・

ですね(笑)許してもらいましょ。

Re(3):選手の個性と現代サッカー
 glider E-MAIL  - 02/1/25(金) 3:43 -

引用なし
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   ▼GAITIさん:

お久しぶりです。ようこそ。
今年もまたよろしくお願いします。

>ご無沙汰していたのは
>なにか自分が嫌がられているのではと感じ
>ちょっと来づらくなっていたからなんです。

本当に申し訳なく思っております。
kindさんに諭されました。
嫌がられているなんて思わないで下さい。
ぼくは本当に議論好きなんです。そしてすぐにアツくなるたちなんです。
ガイチさんにハラを立てたりしてたわけじゃないんです。
嫌がってたんじゃなくて、熱中しただけなんです。
口が悪くてすみません。
もしかしたらまた性懲りなくキツい書き方しちゃうことがあるかもしれませんが、ムシがいいけど悪くとらないで下さい、お願いします。

>ちょっと勇気をもってまた来てみました。

ガイチさんの勇気に感謝します。

ということで、サッカーの教育論に関しては本職のダイちゃんにおまかせします。
再来感謝。

Re(2):余談
 LUCY  - 02/1/25(金) 11:40 -

引用なし
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   ▼gliderさん:
▼zukunasi_7さん:

まだ社会の厳しさに晒されていない、
所詮一学生としてのレスなので読み飛ばしてください。

>>でも「意味の有る批評的個性」なんて、誰も望んでいないんですよ、常態では。

>それこそが日本。経済一流、文化三流と言われて久しい所以でしょう。
>ムキダシの危険な個性にこそ、文化的普遍性がある。
>本当にどこまでもそれを望まないと言うのであれば、文化を捨て去り安楽的金拝主義に身をやつす、ということです。

今の状態でコレがずっと通じるはずがないと思っています。
経済状況から言っても、
政権を握っている党を見てもはっきりいって将来性を感じません。
落ちるとこまで落ちた時に
「利=経済」という利そのものの概念を狭い視野で見ている人たちが多いことに不安感を感じています。

が、経済状況がどん底に陥った時、
日本人の価値観が変わるのではないかと思っています。
そうならざるを得ない、そうでなければ生きていけない。
もしできなくばそれはすなわち死を意味します。
社会が荒れ、犯罪が凶悪化しているというのもその一つの表れかもしれません。

そう考えれば今の不況もポジティブに見れるかな〜と。
まだ世間の荒波に身を乗り出していない分際で随分と偉そうなことを言っていますが、
そう思うようにしています。

今年は就職活動。
一体再来年にはどうなっているのか?
この考えがいつまで続くのやら・・・・

まだまだ経験の浅い若輩者の感想でございます。

Re(4):選手の個性と現代サッカー
 GAITI  - 02/1/26(土) 8:28 -

引用なし
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   >gliderさん
>ズクナシさん

レスどうもありがとうございます。
gliderさん、ズクナシさん、気を使わせてすみません、でもうれしかったです。
皆さんとのサッカー議論は勉強することばかりです

それで、実はgliderさんに嫌われていると感じているのではなくて
Daiさんに・・・

Daiさんは私がJNETではじめて書き込んだときにレスをつけてくれた方で
それがうれしくてこのHPまできたしだいでした
それで、できれば仲良くしたいなと思い
こんな書かれても反応に困るようなことを(笑)
ついつい書いてしまいました
(本当にすみません)

それにしても
ズクナシさんは疑いなくgliderさんだと思っているし
本人までそう思っているやり取りは面白かったです
       ↑
せっかく気を使って書いてくれたのにすごく失礼なこといってます

それについでにもう1つ聞きたかったことを
gliderさんはよくヤフーの話をしますが
皆さんはそこで知り合った人たちなのですか?

Re(3):余談
 glider E-MAIL  - 02/1/26(土) 9:44 -

引用なし
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   ▼LUCYさん:

>「利=経済」という利そのものの概念を狭い視野で見ている人たちが多いことに不安感を感じています。

「利」という概念・・・
「生きる」上での本当の「利」・・・

ひとつ思うんですが、「利潤追求」が宿命的命題である「企業」という存在。
平たくいって「会社」ってやつですが、これもやはり「ひとつの有機的存在」なわけですよね?
で、思うんですが「利潤追求」は大命題として抱えるにせよ、「存在としてのあり方の提示」がないともう誰も見向きしなくなるんじゃないですかね、そろそろ。
つまり、ひとつの存在として「どう生きるべきか」という。
これまでは、どんどん儲けて大きくなって、っていう単純な上昇志向できた部分も強い。
例えば、何か良いポリシーがあって、大きく成長する。
で?
という部分。
「商売の哲学」や「製品に対する信念」だけじゃなくて、「ひとつの存在としてどう生きるのか」という部分。
「こういう良いものを作って、こういう良いポリシーを持って商いし、買っていただく」だけじゃなく、ひとつの命としてその次に何ができるのか、っていう。
それが大事になって行くのではないでしょうか。

でも、会社って本当に必要なのかね?これからも。
なくて良いんじゃないかなあ。
ない方が良いんじゃないかなあ。

あ、いけね、これから就職活動しようという人に・・・

Re(5):選手の個性と現代サッカー
 glider E-MAIL  - 02/1/26(土) 10:30 -

引用なし
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   ▼GAITIさん:

>それで、実はgliderさんに嫌われていると感じているのではなくて
>Daiさんに・・・

なーんだ(笑)
ついキツい言葉で独善的に書いて人を怒らせるんで、てっきりぼくかと。

おーい、ダイちゃーん。


>それにしても
>ズクナシさんは疑いなくgliderさんだと思っているし
>本人までそう思っているやり取りは面白かったです

面白ければいいや(笑)
まあ、これからもよろしくです。
       ↑
>それについでにもう1つ聞きたかったことを
>gliderさんはよくヤフーの話をしますが
>皆さんはそこで知り合った人たちなのですか?

そうです。皆さんって誰と誰?ってのもありますけど、まず「ヤフー掲示板:サッカー:日本代表カテゴリー」があって、そこでやりとりしてて、それからSting_Bandさんの「Blues Supporter」ができて、代表カテの中で意気投合した数人がそこに集うようになって、その中から「12th.net」ができて、その流れからここも誕生したんです。
ここまでこれたのはSting_Bandさんの力が大きいんですよ。
ぼくなんか、ヤフーに書いてた頃は「HTMLって何のこと?」って感じだったし。
思えば遠くへ来たもんだ(笑)

そんな感じです。

どうもー
 Dai E-MAILWEB  - 02/1/26(土) 22:46 -

引用なし
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   ▼GAITIさん:

こんにちは。何だかご迷惑をおかけしてしまったようで(汗)

誤解があったのかなと思いつつ全然問題とかはないですよ。
議論とかって、意見が分かれた時に、どうしても
嫌な思いをしてしまうんですよね。

まあでも、こうやって「個性」ってのは育っていくんだと思いますよ(笑)

これからもよろしくお願いします〜。

2月16日に、東京でフルサッカーをやるので、
よかったらいらっしゃってください(笑)

Re(2):余談
 zukunasi_7  - 02/1/29(火) 16:40 -

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   ▼gliderさん:

>ムキダシの危険な個性にこそ、文化的普遍性がある。
>本当にどこまでもそれを望まないと言うのであれば、文化を捨て去り安楽的金拝主義に身をやつす、ということです。

多分“どこまでもそれを望まない”と言う事はないと思う。人は安逸だけでは生きられないし、刺激的冒険だけでも生きられない。

>「食べやすいもの」を否定する気は毛頭ありません。
>それも研ぎすまし高めて行く過程には「真実」の力を内包して行く。

自分の存在意義はこの辺かなと・・・・

>しかし、いかなる表現もその本質は「死のヒモ」です。

ちょっと何をおっしゃりたいのか解らない「死のヒモ」とは?

>そこに「命あるもの」として「魂」が動くのです。

この辺は理解できる気がする。

>ぼくもいまいち乗れてません(笑)
>チャチな創造力を技術に換えてくるんで切り売りし、日々の食い扶持に変換するのみです。
>しかし、まあ楽しんでます。そして時に腹を立てたりしてます。

自嘲とあきらめ、そして抵抗と挑戦、その中を行ったり来たり。
自分を売る事に嫌けし、乗ろうとする卑しさを恥、
表現の場の有る事を感謝し、それを失う事を恐れてる。

>「人間」のあり方、「幸福」とは何か、何を為すべきなのか、為さぬべきなのか。
>少なくとも「貨幣」との間には主客転倒現象が起きている気がしてなりません。
>最低でも「金利という概念の廃止」はすぐに行うことができると思う。
>「地域通貨」も「デーマーク」も「人類の進化」なしには普及し得ないと思いますが・・・

ご紹介のサイト、読みました。しかし、所詮「貨幣」の代替品でしかないような。
全てシステムですよね。結局人間の善意に基づかない限り、何をやっても同じような気がします。(サッカーと同じ?)人間次第、そういう意味での「人類の進化」なのかな?
但し、偽善的善意では何の解決にもならない。悪を包含する善て有るのだろうか。

Re(3):余談
 zukunasi_7  - 02/1/29(火) 17:04 -

引用なし
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   ▼LUCYさん:

始めまして。

就職活動、頑張ってください。
それしか言う事が無い。
無理して・・・・
多分「動機」です。

お誘いどうもです
 GAITI  - 02/2/5(火) 21:48 -

引用なし
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   ▼Daiさん:

レス遅くなってすみません
次にサッカーについて何か意見を言うとき
一緒にレスしようと思ってたんですが
議論するモチベーションがわかなくて、するずる遅くなってしまいました(ペコリ)

それで、サッカー誘ってくれてありがとうございます
しかし東京ということで自分には少し無理ですね
(ちょっと東京から離れたところにすんでいるもので)

サッカーいいですねー
このごろ試合もやってなかったので
久しぶりに、やりたいなー
何かの機会にいっしょにやれたらいいですね

余談
 GAITI  - 02/2/5(火) 21:52 -

引用なし
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   余談ですが、今日はアジアクラブ選手権ですね
本山活躍すればいいなー

アントラーズで活躍すれば
まだ、代表に間に合うかも

個人的には本山が代表に入れば日本代表はまた別の進化を見せてくれると思ってますので

Re(1):余談
 glider E-MAIL  - 02/2/5(火) 23:00 -

引用なし
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   ▼GAITIさん:

>余談ですが、今日はアジアクラブ選手権ですね
>本山活躍すればいいなー

見たいですね〜
なんで地上波でやらないんだよ〜〜

>個人的には本山が代表に入れば日本代表はまた別の進化を見せてくれると思ってますので

賛成!
ぼく的には日本代表の10番は本山に決定してます・・・

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