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Re:イエメン戦(アウェイ)
 glider  - 06/9/28(木) 0:37 -

引用なし
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   ▼anybodydoさん:

>>いずれにしろ、羽生よりも森島の方が、巻よりもゴンの方が、質は高かった。
>当たり前だ(笑)。

ぼくは森島やゴンが選手として熟成した時期と、今の羽生や巻を比べているわけではありません。
例えば加茂の頃のゴンや森島、羽生や巻を駄目だと言うつもりはありませんが、動きの質量やその効果率、コンビネーションのアイデア等、モリシやゴンの方がクオリティがあったと思う。
ここ10年の日本でのサッカーの地位向上や競技人口の大増加、国際舞台での経験値上昇や地位向上、欧州や南米のハイレベルなサッカーを日常的に見て育つ状況等を考えたら、本来は今の代表選手の方がもっとずーーっと質が高くて当たり前なんじゃないですか?
指導者の問題にしたって、ゴンが学生だった頃の指導者達が今よりまともだったとも思えない(笑)

「考えて走る」が盛んに言われている現代表だけれども、「考える」(考える要素としての情報収集能力、考えたことを実行する能力、つまり考えとはその能力によってしまうもの)方はどう見たってポテンシャルが落ちてる。

オシムのインタヴュー記事を読みました。
首肯せざるを得ない指摘。

「日本人は戦術も戦術的なファウルも含めてすべて、みなよく学んでいて全部わかっている。だが、真の意味でのサッカーを飛び越えてそこへ行ってしまった」
「構築は後ろから始まる。ゴールキーパーもサッカーができなければならない。それも本物のサッカーを。日本にはそういうゴールキーパーはいない」
「彼らは状況の読み方が下手だ。例えばごく普通のシチュエーションで、3対2や4対2の時はシュートを打たない。ヨーロッパなら2対2でもシュートを打つ。ここでは、まず4対2で何をしたら良いのかを、それはなぜそうするのかを学ばなければならない。それがわかった後に戦術が来る」

まったくもって正しく、「段階をひとつすっとばして来てしまった」日本の問題点を正確に述べていると思います。
ただしそれは「一般論」としてで、「本物のサッカー」をもう少しはできる選手もいて、そしてオシムはそういう起用をしていない。
少なくともトリトバ戦を除くこの3戦は。

ぼくがアテネ世代にガッカリしたのは五輪直前のトルコ選抜との親善試合。
ボールコントロールの技術なんかは劣っていないし、むしろジャパン・アテネオリンピック・チームの方が高いかなと思わせるのに、トルコ選抜の方がずっとサッカーしていた。
ボールの流れの作り方、変化のつけ方、状況による工夫、リズムチェンジ、動き方、受け方、キープの仕方、そのあらゆる面でのタイミングといった部分で、日本はトルコに大きく劣っていた。
つまりは個々の「サッカーをする能力」で。

ぼくがナイジェリアでのユース代表のウルグアイ戦やジーコジャパンのイングランド戦をとても楽しめたのは、そうした面で互角に渡り合っていたからです。
だから、コンディションはそれほど大きくは関係ない。
「頭脳」の部分ですからね、対イエメンの2戦やサウジ戦でぼくがまたしてもガッカリさせられたのは。
そしてそのチームには、「サッカーをする能力」のある選手が、どう見たって少なすぎた。
トルコ選抜戦の山本のチームと同様に。

オシムはこのインタヴュー中でジーコジャパンを評し「私の疑問は、あのチームがあのフォーメーションで現代的なサッカーができるかということだ。あまりにも似たプレイヤーが多すぎる。水を運ぶ選手がいない。ベストプレイヤーはチームに最大2人しかいらない」と言っています。
それはその監督それぞれの考え方、ということだし、逆に言えばそれがオシムの考え方。
ジーコは当初、中田も中村も小野も稲本も起用した。
それは自身のセレソンでの経験、4人の「ベストプレイヤー」で中盤を構成し、それで世界から賞賛を集めた82年のブラジル代表での経験があったからでしょう。
トルシエはナイジェリアでのユースチームで、小野、本山、小笠原の3人を軸にした。
で、ぼくはこれまでも常々、「方向や時間の面で違いを作れる立体的な選手が3人はいた方が良い」と言ってきました。
3人いれば、その個々の「違い」を作る能力が融合した時には、それが「チームとして確たるもの、核になるもの」になり得ると思っているからです。
オシムの代表の核は、やはり「オシムのサッカー」になるんじゃないか?

ぼくは「水を運ぶ選手」「ベストプレイヤー」と区分をする考え方が、はっきり言ってどうも好きになれません。
望むべくは「本物のDF」「本物のMF」「本物のFW」、ただそれだけじゃないのか?
その上での個性による役割分担ではないのか?
「水を運ぶ選手」は水を運び続けるだけで良いのか?
「ベストプレイヤー」は絶対に水を運ばないのか?

この3戦、サッカーが非常に固定的で単調でつまらなかった。
流動性も方向や時間の変化もなく、ゲームコントロール能力が低く、攻めているとは言ってもただただ急いで攻め、サイドに開き、何の工夫もなく攻め、くそ面白くもない効率主義的サッカーに終止した。
それを破って何かを起こせる可能性はトゥーリオだけだった。
そもそもそういうチーム編成だった。
繰り返しになりますが、サッカーというゲームを「いかに相手の眼をそらして行くか、いかに相手の裏をかいて行くかのゲーム」と捉え、それを個としても全体としてもできることを強さと捉える時、この3戦、見るべきものがまったくなかった。
コンディション不良でやろうとしたけどできなかった、というなら「あれで評価しても」とぼくも思うけど、「やろうともしていなかった」し「そういう意識も見えなかった」し、そもそも「そういうことができる選手が少なすぎた」しで、どうにも退屈すぎた。
オシムにしても「構築」を言うなら、GKやDFのその面での能力不足はわかりますが、じゃあそこが解決したからって阿部や遠藤、羽生で何か「構築」できるとでも思うのか、とぼくは聞いてみたいですね。

こうしたもろもろのことから、どうもぼくはこのチームにはあまり惹かれそうもありません。
もちろんトゥーリオや青山や啓太や今野や枝村や中村憲や長谷部、山瀬や大吾や石川や達也や前田なんかには期待もしていているんですが。

かつて、トルシエの時の日本代表を見たボラ・ミルチノヴィッチが言ったこと。
「日本は技術的にも戦術的にも強くなったが、私はオフトの頃のチームの方が好きだ」
個々のキャラが立った94アメリカ代表チームを作ったミルチノヴィッチらしい言葉です。
オシム監督の日本代表は、その「スケール感」までオシム監督のJEFによく似ていて、それは今後も変わらないような気がどうもしてしまう。
ぼくはオシムのJEF千葉が各方面で評判を呼んでいた頃、「良いサッカーだとは思うけれど、素晴らしいサッカーとは思わないし、チームとして面白いとは思わない」と評したことがあります。
ぼくもまたミルチノと同じく「良いサッカー」よりも「良いチーム」が好きなんですね。
ま、確かな頭脳と手腕のスペシャルな監督だし、そのうち強くはなるんだろうし、オシムのせいとばかりは言えないんだけど、どうも面白くない流れだなあ・・・という感じですね。

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