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▼lucyさん:
▼gliderさん:
まったく頑固な人だ。
そろそろ、次の試合ですね。
という訳で、いい加減にしときます。
>こうした選手起用、やろうとしているサッカーの傾向に対して、不満だ、と言っているわけですから。
>あんたの好みの問題だろ、と言われればそうかもしれない。
>しかし、これにはどうも「これが分相応なサッカーなんだよ」と言われているような感じがあって、そこにぼくは反発心を抱いてしまうのです。
Lucyさんの書き込みもあったので、僕が「分相応なサッカー」について思うことを一つ。
僕が日程のことを書いたのは、感情が激してきて自分でも思いもよらぬ方向に話しが行っちゃったのだけれど、これが、
>代表チームの比重が高い日本のサッカーにおいての日本代表
に対して為されるべき処遇か、という点に激しく疑問を抱くのです。
代表監督というのは言わば現場監督、営業部長のようなもの。そしてそれは当然、マネジメント(経営者)からの制約を大きく受ける。
その制約が営業部長の考える戦略の計算基礎に重大な足枷になってしまうとすれば。
なおかつ、お前はいついつまでに何億売り上げてね、と課されれば。
それは「分相応」なものに成らざるを得ないのではないか。
トルシエ後、この酷い日程には全く歯止めが掛からなくなってしまった。
彼の時代、代表の日程はまっとうなものでした。
「わがまま」と評された彼の下で日本代表は、フランス、そしてスペインでの地獄のようなアウェイ戦、その後WCでフランスを破るセネガル、ナイジェリアとの欧州での試合、ハッサン国王杯といった真の意味での強化試合をこなし、キリン杯でも名は知られていなくとも実力のあるチームがセレクトされ、強化に一役を買った。
それがジーコ時代にはどうなってしまったか。
真の意味でのアウェイ戦など、あったでしょうか?
強いてあげればアイスランド、イングランド戦くらいか。せっかく遠征してもTV中継を考慮した早朝試合など、呆れるようなマッチアップ。最後の遠征試合となったアメリカ戦も、信じ難い日程でこなさざるを得なかった。
ジーコはWC直前、「われわれは世界レベルの強豪との対戦を重ねてきた」と言いました。
彼だって、分かっていたでしょう。
ジーコはWCで失敗した。
それは「チーム」にすらなっていないチームでWCに臨んだという弁解のしようのない失敗であり、彼はその責めを負わなければならない。
しかし。
彼はいつのころからか、熱意を失ってしまったように感じられてならない。
ジーコ時代から、海外組の召集については常に一悶着ある。それは人気選手の招集を興業試合に必ず絡めようとする協会と、強化の観点からそれを望む代表監督とのせめぎ合い。
そしてその狭間で、2004年にはアジア最強のストッパーであった中沢が2006年にはただのDFになってしまったような、犠牲者が生まれている。
代表チームが興業試合をやらされるのは避けられないことですし、世界中どこのチームもやっていることです。しかし、日本のそれは、常軌を逸している。強化と言うのは即ち将来への投資であり、そこを怠り続けてきたツケは、もう貯金を食い潰すしかないところまで来ている。
まとめ、ます。
これら制約がなくとも、オシムの日本でのやり方に変わりはないのかもしれない。
しかし自分の望むタイミングでの海外組の召集があり得ないこと、世代交代という難題、日本の指導者との組閣、そういった前提の上で代表チームを作り上げていかなければならない状況で、そして何より自分達で考えるべき代表の強化を丸投げしてくるような、
日本サッカー「界」には、これが分相応だよ、と言われれば、僕は抗弁する術を知りません。
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