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一応、一通りは、読み終わりました。いろいろ感想がありますが、やはりどうしても悔いの残るトルコ戦の話から。
この本を読む限りでは、「負けるべくして負けた」という印象が残ります。
まず、トルシエがこの試合に望む上で判断を誤ってしまった原因として「柳沢の首が鞭打ちのような症状になり動かなくなってしまった」ことが挙げられると思います。もし、柳沢の首が、前日のサッカーテニスで、故障しなければ、スタメンもすんなり決まっていたのだと思います。
次に、トルシエが、それまでは、コーチ陣達と、相談してスタメンを決めていたのに、この試合に限っては、それをせず、1人で決めてしまったこと。結局、試合中に、コーチ陣と話し合いながら、アドバイスを受けて、選手交代をしてしまうわけですから、これは、良くなかったと言えると思います。少しだけでもアドバイスを受ければ考えも変わっていたでしょう。
それから、中3日しかなかったこと。もう少し考える時間があれば、結論も変わっていたでしょう。せめて、静岡産業大との「プレワールドカップ」ができれば・・・
アレックスと、西沢への戦略的な変更が、上手くいかなかったこと。もう少し、自分達本位に戦略を考えてもよかったのですが、相手の分析結果を少し気にしすぎてしまったようです。
周りのコーチが、トルシエに、意見を言えなかったこと。これも実は大きいと思います。ただ、言える雰囲気になかったというのも分かります。
西沢の調子があまり良くなかったこと。アレックスがまだフィットしてなかったこともあったと思います。
ただし、こういったことを、完璧にできる監督は、いないということもあると思います。あれだけ文句を言っている山本コーチ本人でさえ、アジア大会では、采配ミスをしていますし、ジーコにしても、采配ミスは見られます。
でも、一番問題だと思ったのが、トルシエが、ヒデをしきりに外したがったことだったように思えます。これが、チームを動揺させてしまった。良くも悪くも、ヒデという存在の大きさと、トルシエという存在とのギャップ、トルシエのヒデに対する誤解・・・。ヒデのプレー自体は、確かに、それほど切れていたわけではなかったのですが、しかし、ヒデだからこそ、あそこまで日本代表を引っ張っていけたというのもある。
コーチ陣も、トルシエが、ヒデを外すということに関して、それを止めることに必死になってしまった。これもチームに動揺を与えていたようにみえます。
もし、名波がいれば、ヒデと名波を交替させるという案もあったかもしれませんが、しかし、名波をベンチに置くことをトルシエは嫌がった。名波を使うなら先発だと。
そうすると、小笠原という選択肢があった。でも、そうはしなかった。
なら、俊輔をいれておくという手があったか。いや、それもできない。
後にトルシエは、「あの試合は、もっと攻撃的にいくべきだった。」
柳沢 隆行
伸二 ヒデ
アレックス 明神
戸田
浩二 宮本 松田
楢先
「こういう布陣にすれば絶対に勝てた」って言ってましたね。ってことは、やはりトルコ戦には不満があるということ。
結局、トルシエは、ヒデを外さなかった。ならば、初めから、ヒデを外したいなどとは言わないほうが良かった。
でも、もし、ヒデを外したならば、多分、トルシエは、完全に、チームから見放されてしまったという空気もすごく感じました。
ヒデを外したいのに、外せない。これが、トルシエを苦しめ、その苦しみが、チームに与えた影響は大きかったということでしょう。
スターは必要ないという哲学を持った監督の、ジレンマでもあるわけです。実際には、スターは必要だし、それは、98年のフランス代表を見ても分かるわけです。あれだけ組織を強調されたチームで、スターは要らないとジャケに言われ続けたのにも関わらず、ジダンというスターが、とても個性を発揮した。もし、トルシエならば、ジダンを外して勝つことを考えたのでしょう。その差が、ここにきて、でてしまった。
トルシエは、順調とか、安泰とか、安定とかを嫌うので、いつでも混乱させ、ギスギスしたムードにし、そしてその中でこそ力を発揮していく監督なので、そういう監督の場合の弊害が出てきたときにチームが苦しくなるな、でも、そこを乗りきればさらに強くなるなという感じにはみえましたね。
そして、トルシエは、負け時を知っている。例えば、「後はボーナス」と言った時は、裏返せば「もう、勝てない」って言ってるようなもんでしたからね。
チームとしては、正直、限界だったのでしょう。力関係で、トルコには勝てない。しかも、もうこれ以上は、トルシエとは仕事ができないというものが、チームの中であって、でも、それがギリギリのところで、個性を出していくことにもつながった。
トルシエもこれで日本を離れると言っていたわけですから、選手に思い切ってやれという意味では、メッセージは伝わったし、でも、決勝トーナメントを勝ち抜くだけの余力はもう残っていなかったということなんだと思います。
トルシエは、「チームを実力通りの結果が出せるようにする」という監督としての、重要な力を持っているのですが、時には、「実力以上の結果」が求められる中で、それをしていくだけの特別で天才的な才能までは持ち合わせていないということですね。まあ、そんな人はほとんどいないでしょうけど。
そして、トルコ戦に限っていえば、「実力通りの力」を出すこともできなかった。確かに、日本は良く戦ったし、この試合で、トルコの見せたパフォーマンスから考えると、相手の力を出させなかったという意味で、日本の実力が高いことは分かるわけですが、その上で、日本は、ベルギー、ロシア、チュニジア相手に、「相手を力を出させずに、自分達の良さも出す」というサッカーもやったわけですから、トルコ戦でも、それができなかったとは思えないわけです。
「実力通りの力」を出させようとして、負けてしまったのなら、多分、「しょうがない」という気持ちになったのでしょうし、それは結局、スタメンの構成や、選手交代なんかで、判断できるのでしょうが、トルシエは、やはり、それを嫌がったので、「勝てないチームに勝つためにどうするか」という考えで、チームをいじった。その結果、実力通りの力もだせなかった。ある意味で、ギャンブル。ここが納得できない部分でもあるんでしょうね。
戦術60%、個性30%、運10%という中で、個性の30%が、バランスとして40%ぐらいになっていっていた。それをトルシエが、嫌がったというのも分かりました。
チームは生き物だっていうのも感じたし、それをコントロールするのはとても難しいなと。
例えば、じゃあ、トルシエが「このままでいい」と思っていたらどうなったか。
そうしたら、逆に、チームのバランスが崩れてしまったかもしれない。自由を手にしてことによって、逆に、不自由になったり、今まであった反発のエネルギーがなくなって、プレーが雑になったり。
もしかしたら、より力を発揮したかもしれない。選手達は、自分達で戦えるようになってきていたから、あんまり言う必要もなかったのかもしれない。あの流れの中では、こちらの方が良かったかもしれないですね。
でも、そういう空気を、トルシエは嫌がる(笑)何かチームが上手くいっている、選手達が良い雰囲気になってくると、とても、危機感が募ってくる。不満がでてくる。その雰囲気をぶち壊したくなる。
まあ、怒りの矛先はトルシエに向いていて、選手間での揉め事がなかったというのはとても良かったところですね。その揉め事の原因を作らなかった23人の選び方も良かったですし。
最後はやっぱり、面白いということになっちゃうんですけどね(笑)
そして、トルコ戦は、勝ちたかった。
もう、いろんな原因があるんですけどね。
嫌な感じで終ったのは、トルシエに原因があったというのは、まあ、しょうがないんだなとも思いましたけどね。ギャンブルにでて負けてしまったのだから。そして、トルコ戦に至るまでの、3日日間の流れも、悪かった。
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