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▼amoさん:
初めまして。
>そうですね・・・しかし、いろいろ思わされました。
>むしろ開き直って、とことん集団的に透明でアノニマスなサッカーをやった方が
>いいんじゃないか・・・とか(それも突き詰めれば個性だといえなくもない)
>「和」を大切にする「ふらの小」(笑)を目指すべきなのか・・・とか。
守備に関してはトルシエが見せてくれました。(彼が個を全く否定した、ということではないです)
ビエルサやファン・ハールなら攻撃でも同じようなサッカーを見せてくれるかもしれません。
ただ、私はあれ以上に「透明でアノニマスなサッカー」を突き詰めることはできないと思います。つまり、あれ以上にはならないわけで、そうなると、あのレベルのものをもって個性と呼ぶことになります。それは無理があると思うんですよね。
「組織」と「個」の再定義は時間がかかりそうですね。
対立関係で見る人もいますし、分立させて考える人、積み上げ的に捉えている人もいるようですし。
「個」でも感性による部分はともかく、知に関わる部分は何とかなると。
それと、日本では知の部分を感性と見なして、そこで止まってるところがあるんじゃないかな、とも思います。組織や戦術が語られる時に「個」があまり語られないのはそのせいなのかもしれません。
こういったところも変わっていければいいですよね。
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