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後半34分までは日本がゲームをコントロールしていた。
川口のみが良く守ったわけではない。
オーストラリアのできることを放り込みのみに絞り続けた。
日本の守備の決まりごとは次のようなものだった。
<守備>
1、前線のターゲットになっている選手をマンマーク気味→コンパクトという順番で抑えてしまう。
2、ハーフライン付近まではプレスをルーズにして、ボール保持者との間隔をとりながら後ずさりし、コンパクトにしていく。
3、そうすることにより相手DFにとっての選択肢をターゲットへの(マークされている)放り込みのみにする。
その結果、放り込まれたボールへの競い合いに互角以上の勝負を繰り返した。
競い合いに負けても既にコンパクトな守備ブロック内でのことなので
足元の巧みで無いオーストラリアより日本に分があった。
<カウンターから再び守備へ>
ボールを前に運べた時はDFラインを前方にシフトして前目でコンパクト。
先取点を奪ったことでアグレッシブにコンパクトにするリスクを避けたが、
前掛りになってしまった場合のみハーフライン前でも早めにプレスをかけて
味方攻撃陣の戻りを待つ。
後半34分までは概ねこの原則でオーストラリアを押さえていた。
シュートは打たれたがノープレッシャーのものはほとんど無かった。
ここまでは苦しかったのは日本より明らかにオーストラリアだった。
日本は試合巧者だった。
最後に発芽させた問題の芽は攻撃の稚拙さ勇気のなさ。
チャレンジが見られなかった。
よほどでかくてゴールが見えなかったのか。
遠目から狙うのではなかったのか?
ドリブルで突っかけるシーンもなかった。
アジリィティーで勝負するんじゃなかったのか?
早いパス回しはどこにいったのか?
中田は複雑な気持ちでプレイしていただろう。
攻撃に勇気を加えればこの微妙なバランスで保たれている
守備ブロックが崩れるかもしれない。
(チャンスは作れている。
1点リードした状態でリスクは犯せない)
しかしセーフティーと勇気を両立させられる瞬間は何度もあったように思う。
もう一度書くと守備は「はまっていた」と思う。
はまりすぎていて、それなのに追加点が奪えない。
(うまく行ってるはずだろ?なんで?
これなら楽になれるだろ普通!早く楽になろうよ!)
永遠のように繰り返される放り込み。
そのことへの恐怖に最初に負けたのが
他ならぬジーコだったということだろう。
中田が微妙なバランスをとり続けた攻撃と守備のさじ加減が
小野ボランチで一瞬勇気に振れた。
(ジーコの交代の意味もそういう後押しをイメージさせる)
けれども結果的には川口が攻撃陣の勇気に反比例して恐怖にやられた。
(同情できる部分もあるが・・・)
1点リードしていた。
苦しいのは明らかにオーストラリア。
34分まで統一されていたコンパクトへの意識が
守りきる強い意志の守備陣と楽にしてやりたい(楽になりたい)攻撃陣とで別々のベクトルに乗ってしまった。
僕はジーコはピッチに発するべき信号を誤ったと思う。
中村out稲本inでもサントスout中田こinでもいいから
「苦しんでいるのはオーストラリアのほうだ!今のまま行こう!」という信号を
送るべきだったと思う。
小野でも良かったがそれならば中盤のポゼッションをあげることのみの役割で投入すべきだった。
小野は見るからに得点を取りに行っていたと思う。
あの場面で追加点を奪うために(そういう姿勢を見せるために・・・)
玉田や大黒などの攻撃の選手を投入すると考えた人もいるが
それは実体のない「恐怖」にやられてしまっていたのではないか?
オーストラリアは苦しんでいた。
死ぬ寸前だった。
ほっとけば死んだのだ。
僕はこの1敗でジーコへの評価を下げることはない。
今日のゲームプランはどの監督が作ったものよりすぐれていたと思う。
それを「自由」の中から作り上げた選手たちには拍手を送りたい。
その状態を作ったのもまたジーコなのだ。
だが少なくともあの場面での小野投入は
今まで見たどんな監督采配よりも愚かな判断だった。
小野のトラウマにならないことを祈っている。
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