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>>私は今の日本選手にとっては戦術は「オマケ」ではないと思います。考えるだけの頭の許量や経験がトルシエの4年間やJなどの経験だけではまだ少な過ぎる。
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>少ないが故に、ぼくは「戦術重視」に疑問を感じます。
>これまでの積み重ねとトルシエの4年間で、モダン・フットボールの基本は得ることができた。
>しかし、2002年ワールドカップの日本代表に「足りないもの」はそこではなかった。
>「オートマティスム」があれば、「頭の許量や経験」を補ってくれるでしょうが、「頭の許量」自体が上がるわけではありません。
>いや、上がることは上がって行くでしょうし、日本代表チームとしてはその方がずっと早く力を発揮することになるでしょう。
>しかし、ぼくはそれでは「トルシエの作ったチーム」を超えないと思います。
>足りないものを補う手っ取り早い方法は、それなくしてはならない環境に身を置くこと。
>海外に出た選手が明確に成長するのは、そういったことが大きいと思います。
>代表チームは、国内の選手にとっては数少ない世界レベルの経験の場。
>そうした実戦の場において得る危機感、不足するものを明確に実感することこそ、「次のステップ」になるでしょう。
>コンフェデレーションズ・カップ直前に中田英寿が言った「超えなければならない壁」は、戦術重視の中では見えにくいものです。
>基本的には、ぼくもまた日本のサッカーはコレクティヴなものの方が相性が良いと思っていますが、段階をすっ飛ばしたままで良いとは思わない。
>それに、「日本のサッカーが世界と肩を並べている状態」というのは何も日本代表だけがそこそこ強ければ良いというものでもないでしょう。
>日本人選手が海外のリーグで多数活躍することも必要だろうし、Jリーグのクラブが評価される(たとえ供給源としてでも)ことも必要でしょう。
>そのためには、今は日本にとっても「戦術はオマケ」で良いと思います。
私は与えた中でどう個々の選手が頭を使って考えていくかという習慣化をつけていくことが少ないと思っています。
与えたことはそれが唯一ではない。そこからどういうことが起こりうるのかという「像」が少ないと思う。「戦術」というのは与えたものだけが戦術ではなく、そこから何が起こりうるかということを考えること、それが近道の一つだと思っています。
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