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▼KEANEさん:
>それをどういう形で持っていくかという過程はもっと大切なものだと思っています。
どういう形で持って行くかは、まさに監督それぞれになるでしょうね。
そういった「チームマネージメント」の部分は、「コーチング」の部分とは違ってその監督の人柄も大きいでしょう。
指導者養成の過程では、そうした部分の指導も行われているでしょうけど、やはり監督それぞれの個性が出るところだと思います。
いずれにしろチームが力を発揮するためには、そうした部分の比重の方がずっと大きい。
ぼくは前任者トルシエ監督を「すごいなあ」と思っていましたが、それは「フラット3」とかの戦術ではなく、マネージメントやチーム作りの部分の手腕です。
あれだけの期間、チームを良い状態、緊張感を持った中で良いまとまりを保ち、力を発揮できていたことは、ほんとうにたいした手腕だと思います。
翻って日本人指導者を見れば、「良いコーチ」はたくさんいても「良い監督」は少ない。
ぼくは横浜の岡田氏を戦術的、技術的ディテイルにおいてはあまり評価できませんが、日本人では数少ない「監督」足り得る人ではないかと思います。
もう少し見てみないと何とも言えないかもしれませんが。
>私は今の日本選手にとっては戦術は「オマケ」ではないと思います。考えるだけの頭の許量や経験がトルシエの4年間やJなどの経験だけではまだ少な過ぎる。
少ないが故に、ぼくは「戦術重視」に疑問を感じます。
これまでの積み重ねとトルシエの4年間で、モダン・フットボールの基本は得ることができた。
しかし、2002年ワールドカップの日本代表に「足りないもの」はそこではなかった。
「オートマティスム」があれば、「頭の許量や経験」を補ってくれるでしょうが、「頭の許量」自体が上がるわけではありません。
いや、上がることは上がって行くでしょうし、日本代表チームとしてはその方がずっと早く力を発揮することになるでしょう。
しかし、ぼくはそれでは「トルシエの作ったチーム」を超えないと思います。
足りないものを補う手っ取り早い方法は、それなくしてはならない環境に身を置くこと。
海外に出た選手が明確に成長するのは、そういったことが大きいと思います。
代表チームは、国内の選手にとっては数少ない世界レベルの経験の場。
そうした実戦の場において得る危機感、不足するものを明確に実感することこそ、「次のステップ」になるでしょう。
コンフェデレーションズ・カップ直前に中田英寿が言った「超えなければならない壁」は、戦術重視の中では見えにくいものです。
基本的には、ぼくもまた日本のサッカーはコレクティヴなものの方が相性が良いと思っていますが、段階をすっ飛ばしたままで良いとは思わない。
それに、「日本のサッカーが世界と肩を並べている状態」というのは何も日本代表だけがそこそこ強ければ良いというものでもないでしょう。
日本人選手が海外のリーグで多数活躍することも必要だろうし、Jリーグのクラブが評価される(たとえ供給源としてでも)ことも必要でしょう。
そのためには、今は日本にとっても「戦術はオマケ」で良いと思います。
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