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▼zukunasiさん:
何やら、もう終ってる感もありますが。
>ちょっと言わせてね。
>みんな監督がどうの戦術がどうのって言い過ぎ。
このサイトでこの言葉(笑)。いや、解るんですけど。
実は最近「戦術」よりも、「戦略」の方が自分にとって面白くなってきています。
世界の流れの中、進む道を決め、監督、スケジュール、日程、これでいこう、
さあいこうぜ、みたいなヤツ。
そういう意味じゃ「ジーコという選択」の是非は、「ジーコ戦術」の是非とは別問題。
そこがちょっと混同されてしまっている、とは思いますね。
違う道を採ってるのに、別の選択肢との乖離を論ずるのはジーコにとっては理不尽でしょうから。
ジーコになってトルシエ時代より良くなるんじゃないか、と思った点が2つあります。
勝手に思ってただけですが、実は見事に裏切られてる(笑)。
>仰ることは判りますが、これは求めても絶対得られないもの、少なくとも今の日本では。監督がいくら締めてみても、多分疑似体験にもならないと思います。
それをジーコに期待しました。
一試合、一試合にかけるプロフェッショナルの姿勢。
限りなく高いモチベーション。
「代表戦は、全部の試合を勝ちに行く」と彼は言った。
一試合での勝ち負けで一喜一憂するのは、バカらしいっちゃあバカらしいけど、
それならそれで選手を追いこむくらいにやってくれ、と。
代表戦しかそういう場が、今は無いじゃないか。
中田ヒデもそういう不満を漏らしてますよね。向上心が足りない、と。
ヒデの本音は、恐らくこうなんでしょう。
「お前ら、またトルシエみたいなのが来たらどうすんだ!?」
自分達で、思いっきり好きな絵が描ける今、
もっと自分にどんどんプレッシャーかけて、高い処を目指さないと。
地なのか演技なのかは解りませんが、トルシエはそのへん巧妙だったと思います。
実はこれほど日本人を理解し、そこから力を引き出す方法を研究した人は各界にも少ないんじゃないでしょうか。
面子を潰されるのを何より嫌う。実力よりも虚名の方が先走りやすい。
責任感があるようで、実は体裁だけだったりする。
大人しいと言われるけど、中身は感情的でストレスを溜め易い。
そして、自己表現が苦手。
もう一つ、これも中田ヒデが言ってました。
「今の代表、声が出ていない」
またそうなってるのか、と思いました。
トルシエ時代には、代表への選出基準に「自己表現」の項目がはっきりあったように思います。
下向いてるだけだった俊輔が声を出し始めたとき、これで定着するな、と思ったし、
小笠原が鹿島で指示を出してるのをみて、あ、もうすぐ呼ばれるな、とか。
コンフェデでの宮本と遠藤のバカらしいミスも、お互いに自己表現足りないんじゃないの、って。
森岡についても不満なのはそれです。
「あーあ」って上向いて言ってるだけで、なんとかしよう、って姿勢が見えない。
秋田でもナラでもその場で掴まえて、どう動くか確認しろよ、って。
「プレッシャー」と「自己表現」。
監督の問題にするのはどうか、と言われるかもしれません。
でも僕は本気で強豪に立ち向かえるチームを作り、
戦術自体がダメでも何か他に残そうとするのであれば、
「WCでの敗因」をなんとかしてって欲しい、と思うのです。
それが足りねー、ってのは明らかなのだから。
最後に余談です。
今、ジーコ隊長は中田軍曹に全幅の信頼を置いていますが。
彼らのサッカー哲学は微妙に違っており、将来どうなるかな、と思っています。
現場を預かる軍曹が、隊長の方針とぶつかり出したら、どうなるんでしょうね。
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